【実に恐ろしきは8】



 それからひと月がたった頃。
 相変わらず稽古は続いていた。夢丸は舞いの基本を覚えたらしく、春哉の怒鳴り声も初日に比べて随分マシになったらしい。
 数馬は剣術道場からの帰りであった。幼い頃に賢悟と共に通ったこの道場で、師範代として残り、わずかな稼ぎを手に入れている。本来ならば稼ぎなどもらえないのだが、そこは師範との信頼関係。数馬の腕を買ってのことだった。

 帰途についた数馬をつける影があった。敵が何者かは分からない。肩に担いだ竹刀を握る手に汗がふき出す。
 用心棒を頼まれる時でも素手で片付ける数馬である。今日ももちろん帯刀しているはずがない。もっともそれは自分の腕に自信があるからなのだが。

「!」

 空気を切る感覚。耳に風音。
 それを感じた瞬間、数馬は身体をかがませ、低い姿勢から蹴りを繰り出した。敵は一人。刀を持っているものの、構えがなっていないことからあまり得手ではないのかもしれない。
 蹴りは間一髪でかわされたが、第二撃、第三撃と容赦なく繰り出す。
「貴様、どこの家中だッ?!」
 頭巾に忍び装束を着ているせいで顔は見えない。しかし数馬の蹴りをかわすのも精一杯といった様子から見て本物の忍ではなさそうである。忍のふりをした侍といったところだ。
「誰に頼まれた?!」
 もちろん答えるはずもなく。
 敵は応戦し、刀を無造作に振り回すため、危険なことこの上ない。

「っ!」
 その瞬間、数馬の右の二の腕から鮮血が流れた。ひんやりとした感覚を覚えながらも柄をとってから急所を蹴り、相手が怯んだところで刀を奪った。その刀を突きつけながら再度問うた。
「お前の素性は訊かん。誰に頼まれた?」
「……陰間だ……それ以上は言えん」
「陰間だと?」
 関係を持った陰間など数多くいる。その中の誰かなのだろうか?
 考え込んでいた数馬の隙をついた賊が逃走した。別に追う気はないが、自分を狙ったのが陰間だと知った数馬の心中は穏やかではなかった。



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